炊飯器と電車には神が宿っているか?

 鉄道趣味分野にはいろいろな種類があります。撮り鉄乗り鉄、音鉄、収集鉄、廃線鉄、葬式鉄、模型鉄…という具合です。これ以外に、鉄道車両や設備などに関する構造・動作を調べ上げるという趣味分野もあります。メカニズムに関する趣味ですからメカ鉄とでも称するのでしょうか。

 これらの趣味が成立し、さらにそれを深めるするためには、いずれも「現物に接することができると同時に参考資料が入手できること」が重要なのではないかと思っています。特に構造・動作趣味に関してはその傾向が強いように感じます。

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 家電品は「電」という字こそ入っていますが、昔はかなり機械的に動作するものでした。例えば炊飯器の温度調整はバイメタルを用いており、つまみを回すとねじでバイメタルの曲がり具合が変化し、それによりオン・オフ動作温度が変わるようになっていました。金属の膨張率の差をうまく温度制御に利用しており、学校や書物で得た知識が直接結びついている感覚がありました。また当時の家電品には回路図が記載されており、現物との対比でその動作を理解でき、場合によっては自分自身で修理することもできたのです。

 それに対して現在の家電品はマイコン制御です。炊飯器であれば、ボタンをポンポンと押せばとても上手にご飯を炊き上げてくれます。しかしその中を見たところでどのような制御を行なっているかはわかりません。そもそも制御はすべてソフトウェアで行なわれていますから、見たところでわかるわけもないのです。ソフトウェアの処理内容が取扱説明書に記されているということもありません。ブラックボックスなのです。修理などできません。壊れたら装置全体あるいは基板を丸ごと「交換」です。

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写真1 CS12D主制御器(京都鉄道博物館)

 実は電車も家電品と同様です。昔の電車は「電」という字こそ入っていますが、機械的に動作する部分が主体の電気機械でした。1960年代あたりまでは写真1のような機械的な装置で主電動機および主抵抗器の接続をガチャガチャと切換えながら速度制御をしていたのです。このように現物を見ることができると同時に主回路・制御回路に関するツナギ図(回路図)を交友社などの教本として趣味人も入手することができ、まさにひとつひとつの動作を理解することが可能でした。→鉄道車両「ツナギ」のお話

 しかしその後の半導体技術は急速に進歩しました。1970年代製サイリスタチョッパ車を某鉄道工場見学の際に見せていただいたことがありますが、制御装置にはOPアンプ回路が実装された基板が何枚も収納されていて、「へぇ~、電車が電子回路そのもので動いているんだ…。しかし、こうなってくると動作を理解するのも大変だな」と思ったものです。電子回路ですからその動作を回路図から間接的に追うしかないという状況になってきました。

 さらに1980年代になると、鉄道分野でもマイコンを使うのが当たり前になってきました。炊飯器の例と同様、ブラックボックス化です。21世紀の今、インバータ装置の内部でどのような制御が実行されているかなど、その構造や公開されているツナギ図など参照したところで何もわかりません。さらに車両間の制御指令・情報伝達も、昔はそれぞれに対応した電線をジャンパ連結器で接続してやり取りしていたわけですが、現在では伝送が当たり前になってしまい、その中身はわかりません。頭脳と神経系統、いずれも見えなくなってしまったのです。→ジャンパ連結器で接続されるもの

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 炊飯器にしても電車にしても、その技術進歩の歴史はブラックボックス化の歴史のように感じられます。今から100年前の人が現代の炊飯器や電車を見たら、神が制御していると思うことでしょう。まあ、神もソフトウェアも物質的な実体がなくてつかみどころがないという点では共通していますから、100年前の人の感覚の方が正しいのかもしれません。それを思えば昔の装置は理解しやすかったと思います。構造をよく見れば動作や機能がわかるわけですから。

 100年前の技術である真空ブレーキに関してまとめてみて、上記のようなことを思った次第です。

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ちかてつ
さかてつでした…