写真1がこの地域の全景です。江戸川に放水路を設けた際に旧江戸川の流れを少し西(東京都側)に移したため、「昔の川の中央が都県境だ」「現在の川の中央が都県境だ」ともめている地域です。ただしこのあたりは国の施設(河川事務所)なので実害はないようで、半永久的に都県境未確定のままとなりそうです。
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東京都から千葉県に向かって歩いてみました。
写真2の奥に写っている建物は、間違いなく東京都江戸川区です。この写真を撮影した地点は「未確定地域」となりますが、まだ東京都的雰囲気です。
写真3はもう少し千葉県寄りに進んだところです。足元を見ると「三級基準点 昭和63年 江戸川区」という銀色の鋲がありました。未確定とは言っても東京都江戸川区の主張を強く感じます。
写真4はさらに千葉県寄りに進んだところです。路面にブロックが埋め込まれており、なんとなく境目っぽい雰囲気があります。境界標がないか探してみましたが、見つかりませんでした。
写真5はもっと千葉県寄りに進んだところです。右に見える看板に「千葉県市川市」の文字が…。つまりここは間違いなく千葉県市川市ということになります。
以上のように東京都江戸川区から千葉県市川市まで歩いてみましたが、いつのまにやら千葉県になっている…という妙な気分を味わいました。
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帰宅してから調べてみたら、1970年の国土地理院発行2万5線分1地形図には都県境が記載されていました。その場所は…まさに写真4のブロックのあたりでした。都県境「跡」の可能性が高い物件なんですね。
ちなみに、現在の地図にこのあたりの都県境は記載されていません。