1.はじめに
東京メトロ日比谷線は法務省の角で90度向きを変え、内堀通から桜田通の下にもぐり込みます。今回は「日比谷線のトンネルは、法務省の敷地にどれぐらい食い込んでいるか」というお話です。
2.日比谷線は法務省の駐車場地下を走っている
日比谷線が法務省の角を曲がっていることはずっと前から分かっていましたし、地図にもその旨記載されています。しかしその曲がり方は地図によりさまざまで、法務省の敷地にどれぐらい食い込んでいるのか大いに気になっていました。
日比谷線建設史には、法務省の角を半径130mで曲がっていることが記載されています。さらに、内堀通や晴海通の中心ではなく南側(日比谷公園側)を走っていることも記載されています。しかし今ひとつ経路がはっきりしませんでした。
今回、国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで日比谷線開業直前の写真を見つけたことにより、上記の疑問が一気に解決しました。
日比谷線は1964年8月の東銀座駅-霞ヶ関駅間開業により全線(北千住駅-中目黒駅)がつながりました。写真1は、1963年6月に撮影された法務省付近の空中写真です。日比谷公園北側は祝田橋を過ぎるあたりまで潜函工法で施工されましたが、道路中央ではなくかなり南側(日比谷公園側)に寄っていることがよくわかります。
さらにその先、法務省の角を曲がるところもはっきりわかります。この曲線は半径130mと急で、内堀通の南側を通ってきたため法務省の敷地にかなり食い込んでいます。
写真2は最近の状況です。日比谷線を重ねて記入してありますが、上記の状況がよくわかります。
3.現地状況
写真3は、内堀通から撮影した法務省です。日比谷線は、私が立っているあたりから半径130m左曲線で駐車場に食い込んでいきます。
写真4は角度を変えて北西角を撮影したところです。日比谷線は、植込みの向こうの駐車場を曲がりながら走っています。
法務省の建物はご覧の通りなかなか素敵です。基本設計はドイツ人建築家ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンで、実施設計と工事には日本人の河合浩蔵も参画しています。完成は1895年(明治28年)です。威厳が高く、もちろん部外者は立入禁止…と思っていたら、実は見学できます。ただし平日のみです。
4.まとめ
日比谷線は法務省の角を半径130m左曲線で曲がり、内堀通から桜田通の下にもぐり込みます。もともと内堀通の南側を走っているため法務省の敷地にかなり食い込みながら、北西角駐車場の下を通っています。法務省は、平日であればその内部を見学できます。
以上
ちかてつの
さかてつでした…
【注記】本ブログ中の空中写真は、国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」よりダウンロードした写真データを私が編集・加工したものです。