ものは正直…できている通りに動く

ものはできている通りに動くのニャ

 今回申したいことは「ものは正直」ということです。できている通り、つまり現実の物理現象通りに動きます。人間が勝手に作り上げた理論通りには動きません。

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 昔々、設計部門にAさんとBさんがいました。ある時期、「先端部からシート(紙や布など)表面までの距離をシート厚さにかかわりなく一定に保つ機構」の開発を担当していました。話を簡単にするため、ここでは「一定すきま確保機構」という名称にしておきます。

 この機構の原理は「先端部がシートにぶつかったら一定量戻す」という簡単なもので、具体的には下記(1)~(4)となります。(4)の「一定角度回転」が「先端部からシート表面までの距離(すきま)を一定に保つ」ことを意味します。

 (1)モータ(ステッピングモータ)の回転力を駆動機構で伝達し、先端部を動かす。
 (2)先端部がシート表面に接触するとモータが回転しなくなる(状態が乱れる)。
 (3)モータ軸に取付けたロータリエンコーダでこの乱れを検出する。
 (4)モータ回転方向を反転させ、一定角度回転したらモータを止める。

 この原理を実現する構造に関して、AさんとBさんは設計思想(モータを大形化するか小形化するか)が180度異なっていたのです。

●Aさんの設計思想
 (a)駆動機構は、先端部がシート表面に接触した反力でゆがむ。このゆがみが大きいとすきまの精度が出ない。したがって、駆動機構はなるべく頑丈にする必要がある。
 (b)駆動機構を頑丈にすると摩擦抵抗や質量(モータ側から見た慣性モーメント)が大きくなる。それに打ち勝つため、大形のモータで駆動する。
 (c)ただし先端部がシートを押す力は減らしたいので、強いばねで引張り、モータの駆動力を相殺する。

●Bさんの設計思想
 (a)すきまの精度を上げるためには、先端部がシートに接触したら直ちにそれを検出しなければならない。
 (b)そのためにはモータ側から見た慣性モーメントと摩擦抵抗を可能な限り小さくし、先端部がシートに接触した際にロータリエンコーダが大きく振れるようにすることが大切。
 (c)したがって動作機構は可能な限り小形軽量化を図り、モータもなるべく小形のものとする必要がある。
 (d)もちろん、ばねのような余計な部品は使わない。大きなモータで大きな力を発生させておきながらばねで相殺するなど愚の骨頂。

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 最初に設計したのはAさんでした。デザインレビュー(設計内容の審議)でBさんから設計思想のまずさに関して指摘がありましたが、Aさんはこれを受け入れずに詳細設計に着手し、さらに試作機まで完成させてしまいました。試験動作させてみたところ、所定のすきま精度が出ません。かなりばらつくのです。

 Aさんはこの結果を見て、モータをひと回り大きなものに変更し、駆動機構もそれに見合ったごついものに変更することにしました。もちろん、ばねはさらに強いものに交換されました。

 1か月ほど費やして試作機の変更版が完成しました。電源を入れて試験をすると…Aさんの意に反してすきまのばらつきがますます激しくなりました。Aさんは「もっとばねを強くしよう。駆動機構もさらに頑丈なものにしよう。」と再変更を実施しましたが、ギギギ…と軋み音を立てて重々しく動作する試作機の状況は悪くなる一方でした。

 このような状態がいつまでも許されるはずもなく、Aさんの設計思想ではなく、Bさんの設計思想に基づき全面的に変更されることになりました。その結果、数か月にもわたって泥沼状態だったことがウソのように所定のすきま精度が確保され、一定すきま確保機構全体も小形化されました。動作状態は静かで軽やかでした。

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 さて、Aさんの設計思想の何がまずかったのでしょうか。

 いちばんまずかったのは摩擦抵抗を大きくしてしまったことです。そのため「モータ 大→回転子 大→慣性モーメント 大→先端部接触時の振動 小→検出精度 悪→すきまばらつき 大」という悪循環に陥っています。Bさんの設計思想と全く逆であることにお気づきでしょう。

 そもそも摩擦とは、材料の物性や表面状態、潤滑状態により大きくばらつく物理現象です。このような「本質的にばらつく要因」の比率を高めてしまったことが根本的な問題です。学校では「摩擦力=垂直抗力×摩擦係数」と習うかもしれませんが、現実はこんな生易しいものではありません。残念ながらAさんは学校で習ったことすなわち「こうなってくれると数式に乗ってわかりやすいなぁ」という理論に基づき設計してしまったようです。

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 長くなってしまいました。もう一度、「ものは正直」です。現実の物理現象通りに動きます。人間が勝手に作り上げた理論通りには動きません。正しいのは理論ではなく現実です。「技術は現実の物理現象を応用しているに過ぎない」ということを忘れてはいけないと思います。

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さかてつでした…