【地図好きの方へ】国立競技場は区境(渋谷川跡)に建っているというお話

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1.はじめに

 夏の東京オリンピックに向けて国立競技場が建築(建替え)されました。この競技場は渋谷区と新宿区の区境に位置します。実は昔ここに渋谷川が流れていて、その谷に国立競技場は建っているのです。

2.国立競技場のある場所は昔こんなだった

 国立競技場が建っている場所はその昔どんな状況だったのか、地図で調べてみました。

1871年(明治4年)
 江戸幕府崩壊後の文明開化で街に変化していったのは現在の中央区あたりの話で、青山付近は買い手もつかないような状況のため仕方なく墓地にしたんだそうです。現在国立競技場があるあたりも都心からの距離は似たようなもので、1871年(明治4年)の絵図を参照すると「武庫」と記されています。渋谷川の西側は畑です。

1878年(明治11年)
 この頃になると絵図ではなく地図になります。国立競技場がある場所には「火薬庫」と記されています。渋谷川の西側は畑などです。ちなみに渋谷川の東西いずれも千駄ヶ谷村と称していたことがわかります。

●1895年(明治28年)
 この頃の地図を参照すると、国立競技場がある場所に記されているのは「火薬庫」と「陸軍練兵場」の文字です。1889年(明治22年)に東京市15区が成立しており、渋谷川の東側は赤坂区と四谷区になっています。

●1912年(明治45年)
 区境はちょこちょこ動いていたようで、この時代の地図を参照すると国立競技場がある場所は四谷区になっています。陸軍練兵場の文字の脇には「日本大博覧会敷地」という表記があります。外務省HPを参照すると「1912年(明治45年)4~10月に開催予定されたが経費増大のため5年延期され、その後中止となった」旨、記されていました。

◇   ◇   ◇
 

 1924年(大正13年)になるとこの場所には明治神宮外苑競技場ができます。陸軍はすでに代々木に広い練兵場を確保していましたから、移転後の土地を有効活用したということなのでしょう。渋谷川に向かって緩やかに傾斜している地形も、観客席として利用しやすかったのだろうと思われます。

 さらに国立競技場HPを参照すると、下記のようなことが記載されています。
 ・1958年(昭和33年):第3回東アジア競技大会に備え旧国立競技場完成
           (明治神宮外苑競技場はそれに先立ち解体)
 ・1964年(昭和39年):拡張された旧国立競技場で東京オリンピック開催

 そして、今年2020年に再び東京で開催されるオリンピックのために国立競技場は生まれ変わったというわけです。

3.空中写真と現地写真

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写真1 空中写真(1948年3月)

 写真1は終戦間もない頃ですが、明治神宮外苑競技場(進駐軍により接収中)の西側に渋谷川が流れているのがはっきりわかります。外苑西通は観音橋交差点までしか完成していません。

 

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写真2 空中写真(1963年6月)

 写真2は東京オリンピック前年の旧国立競技場です。外苑西通は仙寿院交差点の方まで伸びています。渋谷川が当時も川として存在していたのか、この写真からはよくわかりません。

 

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写真3 空中写真(2017年5月)

 写真3は新しい国立競技場です。建替えるたびに規模が大きくなり、観音橋交差点から東に抜ける道は競技場の一部になってしまいました。それよりも気になるのは、区境(渋谷川の跡)も競技場の一部になってしまったことです。国立競技場の中に区境の標識が設置されているのでしょうか…。

 

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写真4 旧国立競技場(2014年2月)

 変わりゆく風景を記録に残そうと、2014年から渋谷川の対岸(外苑西通の西側)にある東京体育館で定点撮影を始めました。写真4は2014年2月に撮影したものです。

 

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写真5 旧国立競技場(2014年2月)

 旧国立競技場はすでに立入が制限され、内部見学のみという状況になっていました。解体準備が進んでいることがわかります。外苑西通の歩道の少し東側、写真5のいちばん低いところが渋谷川の谷で、手前が渋谷区、奥が新宿区になります。しかし、区境を特定できる物件は発見できませんでした。

 

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写真6 旧国立競技場(2015年5月)

 約1年後、旧国立競技場は消えました。

 

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写真7 国立競技場(2018年1月)

 旧国立競技場が消えたのち、新しい国立競技場の設計変更などがあってどうなることかと思いましたが、その後は順調に建設が進みました。ところで、定点観測の場として選んだ東京体育館が改修工事のために立入禁止となってしまったため、外苑西通を跨ぐ外苑橋の上から撮影するように変更しました。

 

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写真8 国立競技場(2019年6月)

 屋根が取付けられ、形が整ってきました。

 

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写真9 国立競技場(2020年2月)

 すでに完成していますが、立入禁止のため柵が周囲に設置されています。建物は外苑西通のすぐ脇まで張り出しており、渋谷川の跡は完全に飲み込まれてしまいました。もちろん区境は不滅です!

 

4.まとめ

 東京オリンピックに向けて建築(改築)された国立競技場は、渋谷区と新宿区の区境(渋谷川跡)に建っています。明治の頃は火薬庫などがありました。その後練兵場になり、明治神宮外苑競技場→旧国立競技場→国立競技場と規模を拡大しながら現在に至っています。

f:id:me38a:20191022200051j:plain以上
さかい さかιゝ さかτゝ
 さかτゝ さかτ さかてつでした…

【注記】
写真1~3は、国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」よりダウンロードした写真データ(USA-M871-53、MKT636-C9-16、CKT20176-C25-25)を私が編集・加工したものです。