帝国ホテル前の丸ノ内線

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写真1 柱が引っ込んでいる建物

 山下橋架道橋の脇にある白い建物は、赤い柱が四隅から引っ込んだところにあります(写真1)。
 丸ノ内線はJR線と約66度の角度で交差しながらすしざんまいの真下を斜めに突っ切ったのち、帝国ホテル北側(と東京宝塚劇場の間)の道にもぐり込みます。ただし、参考資料1のP.130「図87 第一有楽町橋付近平面図」と参考資料2のP.68「山下橋付近国鉄高架下横断 電車線部」を参照すると、高架橋の西壁面において丸ノ内線トンネルは3mほど上記の道路の北縁からはみ出しています。このトンネルはみ出しと基礎が干渉するのを避けるため、上記の白い建物の赤い柱は隅から北側(写真1右奥側)に引っ込んでいるものと考えられます。

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写真2 柱が引っ込んでいる建物

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写真3 換気口

 柱が引っ込んでいる白い建物(写真1)をもう少し広い範囲で撮影したものが写真2です。白い建物は帝国ホテル北側の道に面しており、この道を西(写真2左奥)に向かうと、赤↓印部に丸ノ内線の換気口(写真3)があります。参考資料1のP.120先「図77 西銀座・新宿間線路平面図及び縦断面図」によるとこの換気口までが半径162.716m右曲線ですから、白い建物への丸ノ内線トンネルの食い込み具合はなるほど…という感じです。

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写真4 帝国ホテル北側の道

 帝国ホテル北側(と東京宝塚劇場の間)の道(写真4)はまっすぐ日比谷公園に向かっています。右手前から入ってきた丸ノ内線A線の電車は、赤↓印あたりからこの道のほぼ中央を奥に向かって走っています。参考資料1のP.134「図91 内幸町ケーソン式工法施工区間」を参照すると、帝国ホテルの前に長さ28mの「函(ケーソン)」を5個構築したのち、下の土を掘って函を地中に沈めています。開削工法ではなく潜函工法(ケーソン工法)を採用したということは地下水位が高いことを意味しますが、昔々は日比谷の入江だったわけですから当然と言えば当然です。

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写真5 帝国ホテル北側の道

 日比谷公園から見るとこのような感じです(写真5)。丸ノ内線A線の電車が奥からまっすぐこちらに向かって走ってくるのが見えるような気がします。

 

【参考資料】
 1.帝都高速度交通営団編「東京地下鉄道丸ノ内線建設史(下巻)」帝都高速度交通営団(昭和35年)
 2.東京地下鉄編「東京メトロ建設と開業の歴史」実業之日本社(2014年)