有楽町駅北部の高架橋下 段差の謎

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写真1 東海道線高架橋下の段差

 高架橋の下にはいろいろな店舗が入っているものです。有楽町駅北の東海道線高架橋下も同様にいろいろな店舗が入っていますが、あるところに妙な段差があります(写真1)。高架橋の向こうとこちらで地面の高さが異なるわけではないのですが、私が立っている道路から斜面で上り、高架橋の下を通り過ぎるとまた下っています。つまり高架橋の下のみ周囲より高いわけです。これはいったい何の意味があるのでしょうか…。

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写真2 東海道線高架橋(第1~3径間)

 参考資料1のP.96~97に、これに関する説明が記載されています。東海道線高架橋の当該区間は5径間コンクリートラーメン橋となっていますが、中央部である第3径間(写真1)の真下を丸ノ内線が突き抜けています。そのため、丸ノ内線トンネルに支障する第3径間両側橋脚の基礎杭は撤去されています。もちろんそのままでは強度不足になるため、下記のように補強した上で丸ノ内線トンネルを建設しています。なお便宜上、有楽町駅から東京駅に向かって第1,2,…径間とします。
 (1)第1,2,4,5径間にケーソン基礎新設
 (2)5径間分6本の橋脚と新設ケーソン基礎を新設鉄筋コンクリート桁で一体化
 (3)第3径間両側橋脚の基礎杭撤去(上記文中記載)
 (4)第3径間の下に開削工法で丸ノ内線トンネル新設

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写真3 東海道線高架橋(第4~5径間)

 新設した鉄筋コンクリート桁のレール方向長さは26.6mで厚さは1.5mと記載されています。この桁は図面上390mm地上に突出しています。おそらく、強度上必要な1.5mという厚さを既存橋脚基礎フーチング(逆T字部)の上に確保した結果なのでしょう。第1~2径間(写真2左側)は塀に囲まれてしまっているためわかりませんが、第5径間の東京駅側(写真3中央)を見ると地上に新設鉄筋コンクリート桁が突出している状況がよくわかります。

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写真4 東海道高架橋(第3径間)

 第3径間(写真1)の奥には麻雀オリオンがあります(写真4)。写真1を撮影した日は休日だったため柵が閉じていましたが、柵が開いていた日に奥を撮影しました。
 赤↓印は東側煉瓦高架橋(山手線外回りと京浜東北線南行)のPC桁(3径間のアーチを2つのPC桁橋梁化した範囲)です。さらにその奥(黄↓印)は西側煉瓦高架橋(京浜東北線北行と山手線内回り)のアーチです。丸ノ内線は41~42度程度の角度でこれらの線路と交差しているため、PC桁橋梁化範囲は東西の煉瓦高架橋でアーチ1径間分ずれています。写真4よりこのことが良くわかります。

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写真5 新幹線との交差部(北から撮影)

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写真6 新幹線との交差部(南から撮影)

 ところで、この場所には山手線、京浜東北線東海道線のほか、新幹線も走っています。では新幹線と丸ノ内線の交差部はどうなっているかというと、PC桁橋梁で渡っています(写真5および写真6の赤↑印)。東海道新幹線の開業は1964年で、工事はその5年ほど前から開始されましたが、丸ノ内線の当該区間開業は1957年です。したがって、丸ノ内線と交差するところは最初からPC桁橋梁として建設し、その他は通常のコンクリートラーメン橋としています。

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写真7 新幹線との交差部(南から撮影)

 新幹線と丸ノ内線の交差部を東京交通会館の北側(丸の内警察署付近)から見ると写真7のようになります。これは写真6の部位を高架橋外側から撮影したことになりますが、丸ノ内線と交差しているところのみPC桁橋梁(赤←印)になっていることがわかります。

 

 高架橋下の段差は丸ノ内線建設に伴う高架橋補強工事の跡で、この下を丸ノ内線が斜めに突っ切っているのです。

【参考資料】
 1.帝都高速度交通営団編「東京地下鉄道丸ノ内線建設史(下巻)」帝都高速度交通営団(昭和35年)
 2.東京地下鉄編「東京メトロ建設と開業の歴史」実業之日本社(2014年)