【新宿区と渋谷区の境目】消えた霞ヶ丘アパート

1.はじめに

 国立競技場付近は渋谷川跡が渋谷区と新宿区の区境ですが、競技場にかなり飲み込まれてしまいました。今回は、さらに南方の区境がどうなっているかに関してです。

2.都営霞ヶ丘アパートも国立競技場付帯設備に飲み込まれた

 区境(渋谷川跡)は、仙寿院交差点から外苑西通に沿って南下します。その後、霞ヶ丘団地交差点を東に曲がります。この区境付近には、都営霞ヶ丘アパートがありました。しかし、国立競技場の付帯設備(歩行者デッキ等)の建設用地となり、アパートは消えました。

 現在はまだ柵に囲まれていますが、その外から見ても大きく風景が変わっていることがわかります。

3.区境の状況

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写真1 空中写真(1963年6月)

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写真2 空中写真(2017年5月)

 写真1は旧国立競技場ができて間もない頃、写真2は最近の空中写真です。

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写真3 区境の道(2014年2月)

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写真4 区境の道(2018年1月)

 写真3および写真4は、写真1および写真2の赤→印の道です。道の左側(北側)は新宿区、右側(南側)は渋谷区です。写真3はまだ旧国立競技場の内部見学ができた頃です。左側に見えるのは都営霞ヶ丘アパートです。しかし新しい国立競技場の建設に伴い、アパートはきれいに消えました(写真4)。

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写真5 区境の道(2019年6月)

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写真6 区境の道(2020年2月)

 写真5および写真6が写真3と同じ場所…と言っても信じられないかもしれません。でも、写真右側の門柱と○形照明灯は以前と変わっていないことがわかります。

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写真7 霞ヶ丘アパート(2014年2月)

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写真8 霞ヶ丘アパート跡(2018年1月)

 写真7および写真8は、写真1および写真2の黄↑印の道です。写真7の奥に見える都営霞ヶ丘アパートは新宿区、カーブミラーの手前は渋谷区になります。しかし、その後アパートが消滅して風景が一変しました(写真8)。

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写真9 霞ヶ丘アパート跡(2019年6月)

 写真9は完成間近の国立競技場です。まだ柵で囲まれていますが、広大な広場と巨大な歩行者用デッキが完成しているはずです。写真7~9いずれも左手前の建物は変わっていません。

 

4.まとめ

 国立競技場付近の渋谷区と新宿区の区境(渋谷川跡)は、競技場にかなり飲み込まれてしまいました。競技場の南方の区境は、霞ヶ丘団地交差点で東に曲がります。この付近にあった都営霞ヶ丘アパートも国立競技場の付帯設備(歩行者デッキ等)の建設用地として消滅してしまいした。

▼参考記事

f:id:me38a:20191022200051j:plain以上
さかいさかιゝ さかτゝ
さかτ さかてつでした…

【注記】
写真1~2は、国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」よりダウンロードした写真データ(MKT636-C9-16、CKT20176-C25-25)を私が編集・加工したものです。