前回の続きです。


写真1と写真2は同じ建物の脇にある境界標で、お互い数mしか離れていません。東伏見駅から歩いて1分ぐらいのところにある境界標たちです。いずれも左が道路、右が私有地になります。
不思議なのは、片方が保谷市、もう片方が西東京市になっていることです。西東京市ができたのは2001年で、それまでは保谷市と田無市でした。しかし、写真1が保谷市時代に埋め込まれて、写真2が西東京市になってから埋め込まれた…というのは不自然です。このように境界標が近い場所に並んでいるのは建物の脇の道路が湾曲しているからです。縁石ブロックの劣化状態もほぼ同じですから、設置されたのは同時期と推定されます。となると、このふたつの境界標が設置されたのは西東京市時代で、たまたま保谷市境界標の在庫が残っていたからそれも使った…ということなのかもしれません。
見た目には保谷市境界標の方がピカピカ光っていて新しいように感じてしまいます。ちなみにここは道路も建物の敷地も西東京市で、練馬区との境目ではありません。


さて、武蔵関公園南方の「練馬区と西東京市の境目」に飛びます。写真3と写真4は、境目が青梅街道を横切るところです。写真3の広い道路が青梅街道で、左右方向の細い道が境目です。ここで注目すべきは写真4左下に写っている東京都の境界標です。写真3でも右側ブロック塀の足元に見えます。細い道路からは、ずれていますね。


写真5と写真6は写真3~4と同じ場所を少し離れたところから撮影したものです。写真4に写っている東京都の境界標は交差点角からコンクリートブロック8個分ほどずれています。ブロックは幅390mmで目地10mmですから、ずれは3m程度になります。しかし、練馬区と西東京市いずれの都市計画図を見ても細い道路が境目ということになっています。都市計画図は土地の境目に関して厳密ではありませんが、それでも3mずれていれば表記されると思います。写真4の東京都の境界標は別の意味を有することになりそうですが、そうすると何の境目なんでしょうか? 謎です。


写真7と写真8は青梅街道の状況です。写真7の「東伏見四丁目」標識がある場所は西東京市東伏見三丁目。「東伏見四丁目」はこの交差点の名称のようです。その奥には練馬区の標識が見えます。境目は写真8の中央を左右方向に走っています。しかし、特にそれを思わせるような路面状態ではありません。


写真9と写真10は青梅街道の南側です。写真9の中央付近を左右方向に境目が走っています。歩道にマンホールが見えますが、東京都の下水道台帳で調べると、青梅街道沿いマンホールの中ではこれが練馬区としていちばん西側になります。さらに写真10を見ると「止」の字の奥(車道)にもマンホールがあります。西東京市公共下水道台帳で調べると、これは西東京市管理のマンホールです。つまり、下水道という見方をすると写真10の細い道路の中央付近から左側(西側)が西東京市、右側(東側)が練馬区ということになります。ただし土地の境界を示すものではないことに注意が必要です。
境目…なかなか奥が深いものです。
以上
さかてつでした…