【鉄道技術好きの方へ】なぜ列車はガクンと停まったか… 制輪子のお話

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1.はじめに

 鉄道車両は、多くの場合車輪に制輪子(ブレーキシュー)を押し付けてブレーキをかけます。

 今回は、停まる時の衝撃が制輪子材質やブレーキ操作とどのように関係するかというお話です。

2.鋳鉄制輪子を用いた車両の思い出

 今から四半世紀以上昔、鹿島臨海鉄道に乗りに行った時のことです。

 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線は1985年開業の路線で、新幹線のようにまっすぐな線路を1~2両連結の気動車が結構な速度で突っ走ります。揺れも少なくなかなか快適です。

 ところがその時乗った列車ですが、駅に停まる時にどんどん前につんのめる感覚がひどくなり、ガクンという衝撃と共に停まります。駅ごとにそれを繰り返していたため、周囲の乗客からは「すごい停め方ね。この運転士さん、夫婦喧嘩でもして機嫌が悪いのかしら…」などという声が聞こえてきました。

 運転士の機嫌が悪かったかどうかはわかりませんが、その停まり方には鋳鉄制輪子の特性が現れていたのです。

3.どのようにブレーキをかけるか

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写真1 鹿島臨海鉄道キハ6000形

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写真2 運転台のブレーキ弁

 写真1は、当時の代表的車両キハ6000形気動車です。写真2はこの車両の運転台です。右側に見えるのがブレーキ弁で、ここにブレーキ弁ハンドル(レバー状のもの)を入れて操作します。これにより、車両床下にあるブレーキシリンダ内の空気圧力を増減させるわけです。

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写真3 台車

 写真3は、キハ6000形の台車です。車輪の脇には制輪子(ブレーキシュー)が取付けられており、ブレーキシリンダ内に圧縮空気が入ると、制輪子が車輪に押し付けられる構造になっています。制輪子が押し付けられると車輪との間に摩擦力が発生して車輪の回転を止めようとするため、ブレーキがかかります。

4.なぜガクンという衝撃と共に停まったか

 制輪子の材料はいろいろありますが、このキハ6000形気動車には鋳鉄制輪子が使用されていました。鋳鉄制輪子は雪の付着などに対しても安定しており、鉄道初期の頃から使用されています。ただし、この鋳鉄制輪子には以下のような特性があります。

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図4 鋳鉄制輪子の特性

 図4は、速度に対して制輪子-車輪間の摩擦係数μがどのように変化するか示したものです。鋳鉄制輪子の特性は黒の実線です。速度100km/hではμ=0.1程度ですが、速度が下がるにつれてμはどんどん大きくなり、停止直前には0.3を超えてしまいます。

 仮に、ブレーキかけ初めのみブレーキ弁を操作し、そのままブレーキシリンダ圧力を一定に保つとどうなるでしょうか。

 車輪の回転を止めようとする力fは、制輪子が車輪を押し付ける力Pと摩擦係数μのかけ算です。したがって、下記(1)~(3)のようになります。

 (1)速度が高いうちは摩擦係数μが小さい
  →車輪の回転を止めようとする力fが小さい
  →減速度が小さい(前につんのめる感覚があまりない)

 (2)速度が低下するにつれ摩擦係数μが大きくなってくる
  →車輪の回転を止めようとする力fが大きくなってくる
  →減速度が大きくなってくる(前につんのめる感覚がどんどんひどくなる)

 (3)停車した瞬間、減速度はゼロになる(前につんのめる感覚が一気に消滅)

 冒頭の「ガクンという衝撃と共に停車」は、ブレーキシリンダ圧力を一定に保ったままだったため、鋳鉄制輪子の特性(図4の黒い実線)がそのまま表れたわけです。

5.どうすれば円滑に停車させることができるか

5.1 理想特性の制輪子にする

 もしも図4赤点線の特性を有する「理想」の制輪子があったらどうでしょうか。速度に関係なく例えばμ=0.15あるいはμ=0.2で一定ならば、ブレーキシリンダ圧力を一定に保つことにより高速から低速まで一定の減速度になります。この場合は下記のような停まり方をします。

 (a)速度が高くても低くても摩擦係数μは同じ
  →車輪の回転を止めようとする力fは速度に関係なく一定
  →減速度は高速から低速まで一定(前につんのめる感覚は一定)

 (b)停車した瞬間、減速度はゼロになる(前につんのめる感覚が一気に消滅)

 停車の瞬間に減速度が一気にゼロになる点は「現実」(3)項と変わりませんが、停車直前の減速度は「理想」の方が「現実」より小さいため、その衝撃は小さくなります。

 ついでに申せば、停止直前(数km/h以下)にブレーキ弁を操作してブレーキシリンダ圧力を下げれば(減速度を下げれば)、さらに円滑に停車させることができます。

5.2 ブレーキシリンダ圧力を速度に応じて加減する

 さて、上記5.1はあくまでも理想論です。鋳鉄制輪子(現実)で円滑に停車させるには、速度に応じてブレーキシリンダ圧力を調節する必要があります。

 図4「現実」の特性を見るとわかりますが、40km/h時はμ=0.15であるのに対し、停車直前はμ=0.32と約2倍になります。したがって、停車直前に40km/h時の約1/2になるようブレーキシリンダ圧力を徐々に減らしていけば、減速度を一定にできることになります。

 さらに、停止直前にブレーキシリンダ圧力を下げれば、いちだんと円滑に停車させることができます。

 実は、ベテラン運転士は速度低下に伴いブレーキ弁を操作してブレーキシリンダ圧力を下げています。制輪子の特性を知った上で、円滑に停車させているわけです。客席に座っていても空気音(圧縮空気がブレーキシリンダに出入りする音)や減速度(前につんのめる感覚)から、運転士がどのような操作をしているかわかります。

6.合成制輪子は比較的理想に近い

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図5 合成制輪子の特性(一例)

 世の中なかなか理想通りにいかないものですが、理想に「比較的」近いものは存在します。制輪子に関しても同様で、合成制輪子というものがあり、現在では鋳鉄制輪子以上に広く使われています。

 合成制輪子は、ガラス繊維を基材として鋳鉄粉黒鉛等を添加し、フェノール樹脂で加熱成型したものです。高速域においては鋳鉄制輪子よりも摩擦係数が大きく、速度が低下しても摩擦係数があまり大きくならないという特性を有しています。ただし熱伝導性が良くないため、車輪に悪影響を与えやすい、雪を噛み込んだ状態では摩擦係数が低下しやすい等の問題もあります。

 鋳鉄制輪子、合成制輪子、いずれもそれぞれの欠点を抑制したものが開発されていますが、「理想」そのものずばりの制輪子は存在しません。 

7.まとめ

 鉄道車両は、多くの場合車輪に制輪子(ブレーキシュー)を押し付けてブレーキをかけます。鋳鉄制輪子を用いた車両は、上手にブレーキ弁を操作をしないとガクンという衝撃と共に停車してしまいます。現在では比較的理想に近い合成制輪子の方が広く使われています。

f:id:me38a:20191022195213j:plain以上
ちかてつ
さかてつでした…