【都市伝説好きの方へ】首相官邸脇から山王下へ続く地下トンネルはなぜ深いのか? 米軍との関係

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1.はじめに

 永田町に首相官邸があります。この首相官邸脇の地下にはトンネルがあり、山王下交差点にある日枝神社鳥居の足元を通って赤坂駅方面に続いています。

 このトンネル…東京メトロ千代田線は深いところを走っています。「米軍の圧力でこうなった」という説もあります。事実はどうなのか、探ってみました。

2.首相官邸脇から山王下交差点までの千代田線トンネル

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写真1 山王下交差点付近(1971年4月)

 写真1は1971年4月に撮影された空中写真、写真2はそれに地下鉄路線を追記したものです。すでに銀座線と丸ノ内線は開業していましたが、千代田線は工事中です(1972年10月開業)。

 山王下交差点付近の外堀通周辺は、江戸時代には溜池でした。当時の切絵図には巨大な水たまりが記載されています。その後時代が下るにしたがって埋め立てられ、地上の水は無くなりました。昭和の半ばには溜池町という地名も消えましたが、溜池交差点や溜池バス停は現存していますし、溜池山王駅という駅もあります。

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写真2 山王下交差点付近(地下鉄追記)

 このような場所ですから、地下トンネルを掘れば大量の地下水が出てくるであろうことは容易に推測できます。そのため、千代田線の複線シールド(外径9.8m)が通過する場所の地質と地下水の状況を事前に知るため、パイロットシールドトンネル(外径3m)が先に掘削されました。

 千代田線建設史の地質縦断面図には各路線のトンネル位置関係が記載されていますが、これより次のようなことがわかります。
 (1)山王ホテル付近で千代田線は丸ノ内線と交差
 (2)丸ノ内線トンネル最底部と千代田線トンネル最上部の離隔は1.5m
 (3)千代田線トンネルの最大土被りは18m(丸ノ内線交差部)
 (4)丸ノ内線交差直後から外堀通に向かって千代田線は20‰登り勾配
 (5)外堀通で千代田線は銀座線と交差
 (6)銀座線トンネル最底部と千代田線トンネル最上部の離隔は2.6m
 (7)銀座線交差直後から赤坂駅方面に向かって千代田線は35‰登り勾配

 丸ノ内線は古い路線で比較的浅いところを走っているはずなのに、その1.5m下をくぐっただけでなぜ千代田線トンネルの土被りが18mになってしまうのか疑問に思われるかもしれませんが、山王ホテル付近から西に向かって丸ノ内線は上下2段積み構造のトンネルになっている(深いところまでトンネルになっている)からです。

 ではなぜ上下2段積み構造にしたかというと、丸ノ内線建設史に記載されている「赤坂見附駅上下2段型の構築に接続するため」が答となります。赤坂見附駅は銀座線の駅として建設されましたが、建設当初から新路線(のちの丸ノ内線)との乗換えを考慮して上下2段積み構造でした。

 なお、写真2において丸ノ内線が西に進むにしたがって赤い線の幅が狭くなっているのは、トンネルが上下2段になると同時に幅が小さくなっていくことを示しています。

3.米軍の圧力で千代田線トンネルを深くした可能性はあるか

 ところで、「山王ホテルを当時接収していた米軍が、地下から電波傍受あるいは爆破されないように『千代田線を深くせよ』と圧力をかけてきたかもしれない」という説があります。これは本当でしょうか?

 千代田線建設史には次のようなことが記されています。
 (a)国会議事堂前駅丸ノ内線と7号線(のちの南北線)の接続を考慮して首相官邸脇に設けた。
 (b)山王下交差点から赤坂駅方面は道路地下に建設されることになった。

 上記(a)(b)より山王ホテル付近の経路は自ずから決まり、丸ノ内線トンネル(上下2段積み構造)の下をくぐることになってしまいます。そのため、上記(1)~(7)の状況になってしまった(千代田線トンネル土被りが18mになってしまった)というのが実態のようです。

 千代田線と丸ノ内線山王ホテルのすぐ脇で交差しており、さらに丸ノ内線トンネルの方がはるかに浅い(山王ホテルに近い)ところを通っているわけですから、仮に「地下から電波傍受あるいは爆破」するのなら、丸ノ内線トンネルで実施すればはるかに効果的となるはずです。千代田線だけを深くしても電波傍受および爆破の予防にはなりません。

 以上より、「米軍の圧力」は妄想であると考えられます。丸ノ内線の走行経路が正しく記載されていない(山王ホテルがあった場所から北側に離れて走行しているように記載されているため、千代田線の方が山王ホテルに近いように見える)地図が多いことも、このような「都市伝説」を助長している気がします。

4.技術者たちの事前考慮の成果

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写真3 山王下交差点付近(2017年8月)

 千代田線建設史には「将来超高層ビルの建設予定があるため、専用面積の少ない複線断面形を採用した」と記載されています。これは「平面専用面積を減らすため、単線シールドトンネル並列ではなく、複線シールドトンネルを採用した」と理解できます。それでは、山王ホテル跡に建設された山王パークタワー(2000年竣工)建設時に上記はどれぐらい役に立ったのでしょうか?

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写真4 山王下交差点付近(地下鉄追記)

 清水建設の技術情報ウェブページ(https://www.shimztechnonews.com/index.html)で研究報告第72号「山王パークタワー建設工事におけるリバウンド・沈下現象」を検索して読むと、山王パークタワーの高層棟は千代田線トンネルのすぐ脇に建設されていることがわかります。高層棟の脇にはアネックス棟(地上2階地下3階)があり、その一部は千代田線トンネルの上です。ただし、高層棟もアネックス棟も基礎杭は千代田線トンネルをよけており、両棟の接続部は千代田線トンネルを跨いでいます。もし単線シールドトンネル並列だったら山王パークタワー建設に際してもっと制約が生じていたはずです。昔の技術者たちの事前考慮が役立っているわけですね。

 ところで、山王パークタワー竣工の3年ほど前には南北線溜池山王駅が開業しています。南北線建設史を見ると、その絶妙な駅構造に感動します。東西方向に走る丸ノ内線と千代田線の間を、南北方向に南北線が貫いているのです。丸ノ内線-南北線間、南北線-千代田線間の隙間はほとんどありません。

 「山王ホテル付近で丸ノ内線と交差部させなければならないが(上記(2)参照)、地下水を避けたいので千代田線トンネルはなるべく深くしたくない」「7号線との接続を考慮すると(上記(a)参照)、丸ノ内線と千代田線の間に7号線を通したい。そのためには千代田線トンネルは深くせざるを得ない」という矛盾を、技術者たちは7号線(南北線)開業の数十年前から事前に解決し、その建設用空間を設けてあったわけです。

5.山王下付近の現地状況

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写真5 首相官邸

 写真5は、首相官邸の北西角です。写真左側に見える道路はおそらく日本でいちばん警備が厳しい坂道ではないかと思いますが、この真下には千代田線の国会議事堂前駅があります。千代田線国会議事堂前駅の上には丸ノ内線のルーフシールドトンネルが斜めに交差しています。目の前の道路の下には南北線溜池山王駅があります。

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写真6 山王パークタワー北側

 写真6は、昔の山王ホテルの北側で、首相官邸北西角(写真5)から西に入ったところです。千代田線は写真左寄りを走っています。丸ノ内線は写真右の樹木の下付近を半径160m右曲線で曲がりながら、写真奥から私の足元に向かってきます。私の背後あたりで両路線は交差しています。

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写真7 首相官邸遠景と山王パークタワー

 写真7の奥に見えるのは首相官邸です。右にちらりと見えるのは山王パークタワーの高層棟です。千代田線は写真左奥から右手前に走っています。もちろん、高層棟には干渉していません。丸ノ内線は写真奥で半径160m右曲線により向きを変え、まっすぐ私の足元に向かってきます。

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写真8 山王パークタワー

 写真7と同一の場所で、体の向きを30度ほど右に回して撮影したものが写真8です。山王パークタワーの高層棟が見えます。建物左側が階段状になっているのは、千代田線トンネルと干渉しないようにするためです。千代田線は写真左奥から右に向かって、公開空地を斜めに突っ切っています。

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写真9 山王パークタワー公開空地

 写真9は、山王パークタワーアネックス棟の上から撮影した公開空地です。高層棟の前に丸い噴水がありますが、まさにこの前を千代田線が走っています。この公開空地(広場)の地下を地下鉄電車がバンバン走っているようには見えませんね。

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写真10 山王下交差点

 写真10は山王下交差点です。左手前に見えるのは日枝神社の鳥居です。千代田線は、ザ・キャピトル東急ホテル(写真左奥)と山王パークタワー高層棟(写真右)の間を手前に向かって突き抜けてきます。木々の下にちらりと見えるアネックス棟は、その一部が千代田線の上になっています。

 

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写真11 山王下交差点の鳥居

 写真11は、山王下交差点に面して建つ日枝神社の鳥居を見下ろしたところです。この鳥居は上部に合掌形の破風が載っている「山王鳥居」です。千代田線はこの足元を写真左手前から右奥に向かって斜めに走り、◇模様の建物の足元を半径500m左曲線で赤坂駅方面に向かっています。

 

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写真12 山王下交差点から見る赤坂通

 写真12は山王下交差点から赤坂通を見たところです。奥は赤坂サカスのTBS放送センターです。赤坂サカス前にある赤坂駅に向かって、千代田線は赤坂通の下を突き進んでいます。

 

6.まとめ

 首相官邸脇の地下には東京メトロ千代田線のトンネルがあり、山王下交差点にある日枝神社鳥居の足元を通って赤坂駅方面に続いています。このトンネルは深いところを走っていますが、「米軍の圧力でこうなった」というわけではありません。各種の制約条件を満たして地下鉄路線を通した結果、深くなったものです。

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f:id:me38a:20191022195213j:plain以上
ちかてつ
さかてつでした…

【注記】本ブログ中の空中写真は、国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」よりダウンロードした写真データを私が編集・加工したものです。