1980年代の福島交通

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 国内の自動車(いわゆるクルマ)保有台数の推移がいろいろなサイトに掲載されています。ごくおおざっぱに申すと「1960年ごろから2000年ごろまで増加し、その後は飽和状態」という感じです。この間に国内、特に地方における交通の主体はバスや電車などの公共交通機関からクルマに移行していきました。廃止された地方私鉄は数知れず、そうでなくても経営は厳しくなってきました。人口の減少もこれに拍車をかけているようです。経営が苦しい地方私鉄が新しい車両を導入するのはむずかしくなり、大手の鉄道が廃車にした車両を改造して使うことが普通になってきました。

1980年代は、それでも各地方私鉄オリジナルの車両が走っていた時代です。「オリジナルの車両がなくなっていく」という危機感からあちらこちら撮影して回っていましたが、そのうち次々に大手の鉄道からの譲渡車で置き換えられてしまい、次第に地方私鉄には出かけなくなってしまいました。

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今回から福島交通飯坂線のオリジナル車両を掲載します。福島交通飯坂線は東急からの譲渡車ばかりになりながらも、現在まだ走り続けています。廃止にならないだけ喜ばなければならないのだろうと思いますが、そこは趣味人のわがままなところで、「東急からの譲渡車ばかりになり、おもしろみがなくなった」などと言っているわけです。

1980年代の福島交通はまだ直流750V電化で、オリジナルの車両が数多く走っていました。形式にかかわらず下2桁が通し番号になっており(当時の営団銀座線や丸ノ内線の車両と同様)、現場の方は5318号車ではなく18号車という呼び方をしていました。

前置きが長くなってしまいました。まず今回掲載したのは、1985年に福島駅で撮影したデハ5013(デハ5012との連接車)です。次回からは号車順に掲載しようと思います。一般的な鉄道写真(形式写真や走行写真)とは異なり、「どのような構造の車両なのかを知るための手段」として写真を撮影しています。写真撮影そのものを楽しむ方から見ると非常識ということになるのかもしれませんが、趣味の多様性という解釈をしていただけると幸いです。

なお、車庫での撮影は許可を得てから行なっています。